【人の行動を考えよう!】 ナッジってなに??

行動経済学研究チームによる連載第5回は、ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授の「ナッジ理論」を紐解きながら、「人の行動をデザインする!?選択アーキテクチャーの可能性」についてお話ししたいと思います。



人の行動は操れる?

さて、突然ですが問題です。

あなたはとある高級レストランの経営者です。美味しい料理にお酒をウリに順調に経営をしていましたが、ある日、男性のお客様からクレームが入りました。

「トイレの小便器周りの床が汚い」

あなたはこのクレームを真摯に受け止め、トイレを清潔に保つために次の対策を考えました。さて、あなたなら経営者としてどれを実行に移しますか?

①トイレ清掃の頻度を上げる(2時間に1回のところを、1時間に1回へ)

②トイレ用のお掃除ロボットを導入し、常時稼働させる

③自動清掃機能が付いた床を開発する


いかがでしょうか。

③のような床の開発が実現可能かどうかは置いておいて、①~③のいずれを選んでも、トイレをめぐる問題は解消に向かうでしょう。


ここで、一歩引いて考えてみます。

①~③はいずれも、「床の汚れ」を解消する手段です。つまり、「汚れたものはキレイにしてしまえ」というアイデアでした。

一方で、少し発想を変えて、「そもそも汚させなければ良い」と考える経営者もいるかもしれません。

そんな経営者はおそらく、「もう一歩前へ」などと書かれた紙を貼ることでしょう。



ナッジとは?

~小さな要素が人の行動に大きなインパクトを与える~


実は、現実の世界でも、こうした発想でトイレをキレイにすることに成功した例があります。

オランダのアムステルダム・スキポール空港では、男性用トイレの小便器に黒いハエの絵を描きました。男はハエを見つけるとどうもそれを狙いたくなるようで、このハエマークによって、なんと汚れが80%も減少したそうです。お金にすると、年間7億円かかっていた清掃費の2割(約1.5億円)が削減されたとのことで、ハエマーク恐るべし…


(https://tamakisono.blogspot.com/2010/10/blog-post.htmlより)


このアムステルダム・スキポール空港のお話は、今日のテーマである「ナッジ」の好例です。

「ナッジ(nudge)」とは、『注意や合図のために人の横腹を特にひじでやさしく押したり、軽く突いたりすること』です。

空港の例では、空港管理者が、トイレ利用者をうまくナッジし、トイレの美化に成功しています。


何でもないような小さな工夫が、実は人の行動に大きな影響を与えるということがお分かりいただけたでしょうか。

ナッジは、空港の例に限らず、日常の色々な課題解決やビジネスシーンで役立つものとして昨今注目を集めています。

例えば、次のようなものもナッジの一例だと考えられます。

・ゴミ箱を投票箱にすることでポイ捨てを減らす取り組み


(https://tabi-labo.com/180482/litteringtovoteより)


・スーパー等で見かける「今売れてます!」の表示



今日からできるナッジ入門

~”選択の建築家”になろう~


さて、ナッジと聞くと小難しいものに感じますが、少しのコツをつかめばあなたも今すぐ実践できるかもしれません。人の行動の特性を理解した上でナッジを使いこなすことができれば、人の選択を(ある程度)デザインすることができます。

ここでは、「ナッジを活用するために覚えておきたい人の性質」を紹介したのち、「ナッジのためのテクニック」についてお話しします。


<ナッジを活用するために覚えておきたい人の性質>

これまでの「人の行動を考えよう」シリーズでは、次のような理論をご紹介してきました。

・代表性ヒューリスティック、利用可能性ヒューリスティック

・ポジティブ・バイアス

・ハロー効果

・アンカリング

こうした人の性質を考慮して、人の選択をデザインすることは非常に効果的です。


これまでシリーズでご紹介してきたもの以外にも、人の性質はたくさんあります。

今日ご紹介したいのは、「人は努力をして社会的規範や流行に同調しようとする」ということです。

例えば、「スポットライト効果」という現象があります。

想像してみてください。あなたがとあるパーティーに招待されたとします。

どんな服を着ていくか、悩みますよね。

招待状には、「カジュアルな服装でお越しください」と記載してありますが、格式の高いレストランで行われるパーティーゆえ、あなたはスーツを着ていくことにしました。

ところが当日、パーティー会場に来てみると、周りは皆、カジュアルな服装をしているではありませんか。

きっとあなたは居心地の悪さを感じ、後悔の念に駆られるはずです。「もっとカジュアルな服装で来ればよかった」、「気合い入ってると思われちゃうな…」といった気持ちでいっぱいになることでしょう。

こうしてバツの悪い気持ちになるのは、皆さんが「他人が自分のことを注視している」と考えるからです。

しかし、実は他人はあなたが思うほどあなたに注意を払っていないのです。その証拠に、後日パーティー会場にいた人にアンケートをとったところ、誰もあなたのスーツ姿を気に留めていなかったことがわかります。

これが「スポットライト効果」です。人は、実際に他人が自分に対して抱いている興味以上に、他人の目を気にしてしまいます。そして、他人が「あなたならそうするだろう」と期待しているであろうことに、人は全力を注ぎます。

その結果、「努力をして社会的規範や流行に同調する」性質が生まれるのです。このスポットライト効果はあくまで一因ですが、ある種の「社会への同調圧力」ともいえるこの性質は、ナッジを考えるうえで非常に重要なものとなります。


<ナッジのためのテクニック>

上記の性質を踏まえて、実際に人の選択をデザインすることを考えてみましょう。

あなたはとあるウォーターサーバー製造会社の社員で、ある地域(A市とします)の売上を上げるための施策を考えているとします。

さて、次の情報が明らかになっているとして、あなたならどんな施策を打ちますか?

・A市の人口は10万人

・平均給与水準は年500万円

・男女比は3:7

・現在の導入率はなんと8割

ある人は8割の加入者に対して、オプションの追加などをお勧めして回り、単価の向上を図るかもしれません。

またある人は、女性が多いことに注目して、女性向けに健康セミナーを開催するかもしれません。

一方で、「スポットライト効果」をよく知るある人は、こんな施策を考えるでしょう。

現在ウォーターサーバーを導入していない2割の人にこう伝えるのです。「現在、A市の8割の人がわが社のウォーターサーバーを導入していますよ」と。

2割の人はきっと、「それならわたしも…」と導入を検討するに違いありません。


少し極端な例だったかもしれませんが、現実の世界でも、こうした人の性質に働きかける方法は活用可能だと思います。

・納税に非協力的な人に対し、社会の大多数がきちんと納税している旨を伝える

・投票に行かない若者に、居住地区の人口のうち何割が投票しているかを教える

(納税率や投票率が既に高いことが前提)

といったことによって、社会をより良い方向に導くことができるかもしれません。ビジネスシーンに限らず、公共政策的にも示唆に富んだ考え方だと思います。

(大学で公共経済学を学んだ身としては、非常にワクワクします!当然、うそをついて大衆を扇動することを良しとするものではありませんよ!)


どうでしょうか。行動経済学や心理学の勉強を通じて、人の行動をデザインする、”選択の建築家(選択アーキテクト)”になれそうな気がしてきませんか?



まとめ


ここまで、ナッジと選択アーキテクチャーについてお話ししてきましたが、いかがでしたでしょうか。

ナッジと選択のデザインは、日常生活はもちろん、ビジネスシーンや政策立案の際にも非常に重要な要素となります。

・ポイ捨てを減らすためにはどうすればいいか?

・メーカーが自社製品を売り込むためにはどうすればいいか?

・省エネを達成するためにはどうやって国民に働きかければいいか?

こうした諸課題にヒントを与えてくれるのがナッジの考え方なのです。


私個人としては、ナッジをするうえで必要な理論は複数ありつつも、本質は「いかに正しいものを気持ちよく(ストレスなく)選んでもらえるか」という点に集約されると考えています。

我々保険業界としても、商品・サービスそのものの魅力を高める努力はもちろんのことながら、「いかにお客様から選んでいただけるか」という点を追求していく必要があると感じます。

ましてや、デジタル化の進展によって、今後保険のカタチがどんどん変わっていく中においては、マーケティングを通じた選ばれ方の追求は必須ではないでしょうか。

個人的に注目のキーワードは「パーソナライゼーション」、「ゲーミフィケーション」あたりですが、皆様はどうお考えですか?

ぜひコメント等いただけますと幸いです!!


さて、次回は3月25日に行われる「Tib Collection 2019」の振り返り記事をお届け予定です。我々、「人の行動を考えよう」チャンネルからもブースを出展し、参加者も巻き込んだ「実験」をやってみようと思っていますので、その結果もフィードバックさせていただきます。

どうぞお楽しみに!!

文責:林


【参考文献】

リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン(遠藤真美訳)

『実践 行動経済学』日経BP社, 2017年


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