2019年8月21日(水)FINOLAB InsurTech ワーキンググループが主催する、InsurTech Startup Meetup Vol.11が開催された。
FINOLAB InsurTech Startup Meetupとは?
FINOLAB InsurTech ワーキンググループが主催する、ミートアップイベント。InsurTechでの起業や新規事業を検討している方や、すでに立ち上げている方々が集うことで、海外から出遅れていると言われる日本のInsurTechを盛り上げていくことを狙っている。毎月第二水曜日の夜に、大手町ビル4階FINO LABにて開催されており、毎回ベンチャー企業や大企業の社員約100人が集う一大イベントだ。
FINOLAB Events HP:https://finolab.tokyo/jp/events/
第11回目の今回は、株式会社ネオキャリア 松葉 治朗 氏、東京海上日動火災保険株式会社 中西 勇登 氏のお二人をゲストに迎え、両社の協業のテーマである「HRTech×InsurTech」について、これまでの取り組みや協業にかける想いを、HRTechのスタートアップ、InsurTechを推進する大企業というそれぞれの立場からご説明いただいた。
後半は東京海上グループの有志団体「Tib (Taiikukai_Innovati_bu)」発起人でもある荒地 竜資(東京海上日動火災保険株式会社)を加え、3名でパネルディスカッションが行われた。Slidoで会場から寄せられた質問のほか、協業のきっかけやその苦労、「HRTech×InsurTech」の先に両者が描く展望等について議論が行われた。
記事前半では松葉氏・中西氏の講演の内容を、後半はパネルディスカッションの内容をお伝えする。
人事を経営のセンターピンへ!がjinjerの世界観
株式会社ネオキャリア(以下、「ネオキャリア」) 松葉 治朗 氏は、「jinjer」は「人にまつわる情報すべてを蓄積し、それを活用することのできる、国内初の人事向けオールインワンパッケージ」である、と語る。
皆さんの会社の人事システムを思い浮かべて欲しい。勤怠管理、人事情報、給与情報、経費管理、労務管理、それぞれが別々のシステムで管理をされている...システムのバージョンが最新ではない...そんな「痛み」はないだろうか?その「痛み」を解消してくれるサービスがまさに「jinjer」なのである。
一つのプラットフォームであるがゆえ、入社してから退社するまでの間に起こる、引っ越し、結婚、出産といったライフタイムイベントをすべて把握することができ、そこに集約される情報を活用することであらゆる人事システムを提供、更には新たなサービスを生み出すことができるのだ。
「オペレーション人事」から「戦略人事」へ
そもそもHRTechとは、いわゆる”XTech”の一種でありクラウドやビッグデータ解析といった最先端のテクノロジーを用いて、採用・育成・評価・配置などの人事関連業務(=HR)を行う手法をいう。
世界の市場規模は4,000億ドルと言われ、米国を筆頭に、イギリス、インド、中国と続く。米国では年に一度「HRTech Conference」が行われ400社を超える企業がブースを出店する。中国においてもその注目度は高く、現在では200を超えるHRTechサービスが存在し、通常半期や四半期に更新されるカオスマップが1ヶ月に1回更新されてるほど、と松葉氏は言う。
対して、日本での市場規模は約355億円と米国等と比較するとまだまだ小さいものの、2023年には約1,000億円達するといわれている。背景にはクラウド型サービスやデバイスの普及、ビッグデータ処理の技術促進がある。更に日本固有の要因として「働き方改革の推進」「少子高齢化・労働力不足」「ダイバーシティ等への対応」が追風となり急速に伸びているという。
HRTechは、これまでの固定化された制度を運用する「オペレーション人事」を、環境変化に対応するための戦略立案に寄与できるような「戦略人事」に替え得る切り札なのだ。
産学連携「jinjerHRTech総研」
ネオキャリア×慶應義塾大学×東京海上
今年の4月、ネオキャリア、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 岩本特任教授、東京海上日動火災保険株式会社の3者で、「jinjerHRTech総研」を発足した。
この産学連携はX2(クロスクロス) Techの推進(HR Tech × ●● Tech)やjinjer等に蓄積されていくデータの活用により、生産性の向上や、離職率の改善といった社会的課題を解決し、また、HRを中心に様々なテクノロジーを融合してこれまでにないサービスを生み出すことを目的として始動した。
その中で始まったのが、東京海上日動とのHRTech×InsurTechである。
松葉氏は本協業の目的を次の三点だと語る。
第一に、LTV(life time value*1)の最大化。jinjerはSaaS型のサブスクリプションモデルサービスであり、Insurtechとの融合によりサービス魅力を向上させることでチャーンレート(解約率)を下げることができると考えている。
第二に、手数料によるマネタイズ。
第三にプロモーション効果。日本初のHRTech×InsurTechの取組みであるからこそ、その注目度は高いという。
現在は、第一弾としてjinjer利用企業向けの福利厚生制度としてGLTD(団体長期傷害所得補償保険)を提供している。jinjerの中に既に存在するデータを使って簡便に手続きでき、ライフタイムイベントをつかんで適切なときに保険商品をご案内できることができることから、利用者にとってのメリットは非常に大きい、とその有用性や可能性を示唆し、プレゼンを締めくくった。
*1)LTVとは長期的に一人の顧客から得られる利益を指標化したもの。生涯価値、寿命価値ともよばれる。この値が大きいほど優良顧客となる。
続いては東京海上日動火災保険株式会社(以下、「東京海上日動」)の 中西 勇登氏による保険会社目線での協業についてお伝えする。
実は、デジタル化に最適なのが保険
中西氏は、2015年から2017年まで総務省で勤務。オープンデータ、ビックデータ、IoT、テレワーク等の推進に携わってきた。現在は、官公庁・大企業向けに、特にサイバーセキュリティ、HRTech分野を専門に企画営業・コンサルティング等を実施している。
WEFの発表によると2025年までにビジネスは大きくかわる、と中西氏はプレゼンを始めた。例えば、一兆個のセンサーがインターネットに接続されるようになるほか、携帯電話が身体に埋め込まれる、といったSFのような話すらも現実になるという。
このようなテクノロジーの発展にあわせ、リスク細分型の保険の開発等、保険会社もデジタルへの対応をしていかなければいけないが、保険のデジタル化は遅れている。インターネットを通じた加入もまだまだ手間が多く、そもそも非対面加入の導線もあまり整っていない、といった声が市場からは聞かれる。このような現実と理想のギャップを埋めていくためにInsurtech推進は不可欠という。
一方で、保険は取得可能なデータが多く在庫もいらない。全産業分野にまたがってリスクをカバーしている究極のサブスクリプションモデルである。そのため、デジタルとの親和性が非常に高い、と中西氏は語る。保険をデジタル化することで、当社の営業社員だけではリーチできなかったお客様、中小企業やスタートアップの皆様に簡単に、最適な保険を届けることができ、そのためにInsurtechを推進していく必要があるのだ、と語気を強める。
保険の提供にとどまらないサービスの提供を
中西氏はご自身の経験をもとに大きく二つの具体例をお話ししてくれた。一つはネオキャリアとのHRTech従業員向けの福利厚生制度、もう一つはテレワークを推進する商品の開発である。
ネオキャリアとの協業では、現在加入企業の従業員向け福利厚生制度として、GLTDの提供をしている。加入に必要な情報はjinjer上にあるため、スピーディに保険加入でき、データの提示等が不要になる。あわせて、一部事業者に義務化されているストレスチェックサービスも、jinjerから保険契約に加入していただいた場合には、東京海上日動の子会社から提供される仕組みも構築した。
中長期的には、jinjer上に既に実装されている、従業員の休職が一定期間続いたときのアラート機能を利用して保険金の支払いを迅速化させるほか、再発防止のコンサルティングを提供することで、安心安全に長く働ける社会の実現をしていきたいと語る。保険のみならず、出産、退職といったライフイベントをキャッチした際にはFPと絡めたファイナンスの相談ができるサービスもリリース予定という。
世界初、テレワーク保険の開発
約1年半前にはテレワーク保険を日本マイクロソフトと共同開発した。テレワークに特化した、ファイナンスとサービスを一体型で提供する世界で初めてとなる保険サービスである。画期的なこの商品はテレワーク向けの優れたサービスとして日経新聞をはじめ、様々なマスメディアでも紹介された。
ネオキャリアもWeb会議やGPS対応型の勤怠管理のシステムを作成し、テレワークを推進しているが、まさにテレワークは推進するほどに情報漏洩リスクが高まる懸念がある。実際に約6割の企業が情報漏洩リスクを課題だと認識しており、まさにその課題に対応するための保険である、と中西氏は語る。
販売手法にも工夫が凝らされている。日本HPおよびレノボ・ジャパン社のテレワーク向けPCに保険が自動付帯される形態とし、加入にかかる面倒な手続きを不要とした。テレワーク時のデータの消失、情報漏えい、PCへの不正アクセス、などが発生した際の、損害賠償金や弁護士費用、原因調査費用等などを補償する。
また、漏洩事故が発生した場合には初動対応が極めて重要なのだと中西氏はいう。初動で失敗すると億円単位の金額が必要になるが、その対応のサポートもサービスとして提供している。
21世紀を制する産業は「保険」である
ージャック・アタリ
中西氏はジャック・アタリの言葉を引用してこんな言葉でプレゼンを締めくくった。「21世紀を生する産業は『保険』である」。リスクの変化やテクノロジーの発展に伴う、保険やInsurtechの変革からは引き続き目が離せない。
最後に、東京海上グループの有志団体「Tib (Taiikukai_Innovati_bu)」発起人でもある荒地 竜資(東京海上日動火災保険株式会社)を加えてのパネルディスカッションの様子をご紹介する。
スタートアップと大企業。両社の協業のきっかけは?
荒地:両社の協業のきっかけはなんだったのでしょうか?
中西:弊社内でHRTechに重点をいれるぞ!となったのが2年前くらいで、その際に色々な企業の皆様に声をかけさせていただいたのですが、その中にネオキャリアさんがいました。
先ほど松葉さんのプレゼンにもありましたが、HRTechとひとえにいっても勤怠管理、給与管理、労務管理等バラバラにサービスを提供している企業が多かったんですね。協業の一番のメリットはやはりそこにあるデータを活用することなので、その中で、「1Master 1DB」を実現していたネオキャリアさんに注目いたました。
ネオキャリアさんはまさにメガベンチャーであり、成長速度も、営業力も非常に強かった印象です。
松葉:基本的には中西さんのおっしゃった流れのとおりです。Zenefitsという他のHRTechの事例もあったので、元々保険会社との協業はしたいと思っていました。なので、お話をいただいたときには、即決をしましたね。リリースまでは中西さんと毎日連絡をとっていたのが思い出されます(笑)
荒地:逆に、協業にあたっての苦労や壁はありましたか?
松葉:これは本当なんですが、大きく苦労しことはなかったです。協業前には大企業だからこそ腰が重いのでは?という懸念もありましたが、杞憂に終わりました。かなりスピード感をもって対応をいただけたので問題なく協業を進められました。
1点、jinjer上にあるデータが思ったよりきれいなデータではなく、そのクレンジングや整備には一定の時間を要しました。
中西:松葉さんのおっしゃるとおり本当に苦労はなかったです。保険は金融商品のため、セキュリティがかなり厳しく、サービスとしてしっかり流れていく必要がありましたが、ネオキャリアさんとの協業においてはかなりクリアに進めていくことができました。
ネオキャリアさんにはエンジニアの方がたくさんいらっしゃるので、こちらの要件定義もすぐにプロトタイプとして実装いただけたこともおおきな成功要因です。
「HR Tech×Insurtech」の展望
荒地:未来に目線をうつさせてください。お二人が今後展望する、HR Tech×Insurtechの世界観を教えていただけますでしょうか?
中西:HRTechは松葉さんにお任せするとして(笑)、Insurtechの世界観でいうと、個人的には副業(複業)を推進したいですね。
若い人達がやめていく現状や、一部のリクルーター等が仕事の本質ではなく給料が高い点を魅力として語るところを見ていると、機会損失が発生しているなと思うことがあります。一方で、若いうちに挑戦をして、個人事業主や創業者になるのは、福利厚生の箱からはずれてしまいリスクも高い。
人事情報がすべて記録されるようなプラットフォームを活かして、保険じゃなかったとしても、より優秀で頑張っている人が再度挑戦できるような商品やサービスを作りたいですね。
記録が残る世界になることで、採用する側もしっかり評価をすることができ、言ったもん勝ち(過去の実績、ネットワーク等)の世界から脱却できますよね。真に優秀な人が挑戦もできて、一度失敗したとしても、再挑戦できる環境を作っていきたいです。
松葉:リアルタイムエコノミーを実現したいですね。リアルタイムエコノミーとはフィンランドで生まれた言葉で、あらゆる企業活動や商取引がリアルタイムに連動されることをいいます。
例えば、厚生労働省が勤労統計調査を出していますが、リアルタイムエコノミーの世界であればjinjerで記録された情報が政府へリアルタイムで連携され、そこからすぐに民間企業へレポーティングされる。こんな世界ができれば、実態を表す情報が瞬時に手にはいることとなります。
最終的には勤怠や人事の情報が企業に属する世界から、個人に属する世界がくるのではないかと思っております。
荒地:最後にHRTech×InsurTechにかけるお二方の将来への意気込みをお願いいたします。
松葉:繰り返しになりますが、自分はリアルタイムエコノミーを広めていきたいです。すべてのデータを企業から個人によせることで、自分のデータが自分に紐づいて蓄積されていく。この世界を実現していくことで、将来的にHR Techを中心に様々なXTechと融合したサービス等を生み出し、よりよい世界を実現していけるのではないかと考えておりますし、ひとまずはそのために自分自身も身を捧げていきたいと思っています!
中西:私はギグエコノミーを発展させたいです。
上位の一握りの方だけが現在ギグエコノミーを実現していますが、自分のようなサラリーマンにも可能性があると思っています。一方で多くの大企業や中小企業はギグエコノミーに否定的です。
個人も挑戦できるし、企業もメリットある。そんな領域をHR Techから生みだしていくことができると考えているので、引き続き、それを支えられるような商品やサービスを作っていきたいです。
荒地:お二人とも、どうもありがとうございました!
最後に
「HRTech×InsurTech」
デジタルを起点とした人事サービスの変革、そして保険の変革。個々では、それぞれの領域にしか及ばなかった影響が、X2Techというかけ合わせによってその可能性を指数的に増加させる。
結果としてユーザーはこれまでにない顧客体験ができ、ひいては生産性の向上や離職率改善といった社会課題の解決にもつながっていく。今回の講演ではそれを体現した2社の協業事例を学ぶことができた。
一方で、今回の協業も決してデジタル、Tech技術があったから実現したのではない。登壇者のお二人、つまりそれぞれの企業のご担当者が「想い」や「実現したい世界観」を互いに共有し、サービスを利用するユーザーの「痛み」や「利便性」をとことん考え詰めたからこそ出来上がったサービスなのだ。X2Techの勝因は、そんなところにあるのではないか。そう考えさせられる講演だった。
登壇の後には懇親会もあり、多くの参加者が交流を深めた。
【本記事のライター】
東京海上グループ有志団体”Tib”の「東京海上のイケてる感を社内外に伝えるチーム」(通称:イケチー)。
本日のライターはあつこ(トップ画像右)Special Thanks to まもる(トップ画像左)
普段から東京海上や保険の面白さ、ワクワク感を伝えるための広報活動を研究しており、現在はSNSによる記事の発信に加え、インフォグラフィック・動画コミュニケーションなど様々な領域に挑戦中。
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